【海賊と呼ばれた男】を見てきました~☆

こんばんは。

自由人カウンセラーのまゆですニコニコ

岡田君主演の【海賊と呼ばれた男】見てきましたよ~。

※画像はお借りしました

予告映画のの長崎キリスト教弾圧のシーンですでにやられるぐすん

長崎出身ということもありますが、その時代の痛みが苦しくて直視できず・・。

北九州の映画の前に長崎ねぇ。。へぇ~。ふ~んキョロキョロ

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本題に入ります。

冒頭の空襲・ゼロ戦シーンでもう涙えーん

やばい。この映画。

ていうか感度良好!良すぎでしょ!?

はっ!もしかして?と今調べたら本日が冬至でした(-“-;A

ち――ん。そゆこと。。

だいたいが今日はお家でゆーーっくりするはずが、

前日に急きょ街へ呼び出しが入り、せっかく出るものの用事は5分で終わり、

「電話ででもよかったのでは??」

と思いつつも、せっかくだから映画でも♪と調べるとベストな時間帯の映画が

これで「ちょうど見たかったし♪」と軽い気持ちでいったのに、

最初から最後まで号泣するはめになるとは・・エェ━(´Д`υ)━・・・

はめられた気分。。チーン 誰に?とかみなまで聞かないで下さいまし。。

本日シニア率高し!ほぼ満席。

映画大好きラブラブで映画館歴は長いのですが、こんなん初めて。

なして??と不思議でしたが、映画始まって謎が解けました。

「あ~地元(小倉)の話だからかぁ」

門司やら下関やら知ってる言葉がでると何か嬉しいね音譜

会社を興し、支援者の協力を得ながら

葛藤と情熱で突き進む姿。

その熱に周囲も侵され巻き込まれ、

従業員と共に必死に研究してる場面なんか

男同士の結託で可愛いなぁチューなんて。

私も仕事となると他が目に入らなくなるからよく分かる。

しかし奥さん的にどうかね~キョロキョロ

案の定「寂しさ」には敵わなかったですね。

跡継ぎができない罪悪感からも身を引く

ほんとにそれでいいの??

「私寂しい」と本音を伝えなくていいの??

てつぞうの愛情感じてるのに罪悪感に負けていいの?

てつぞう(だったっけ?主人公)も

「ゆきも分かっているはず」とゆきの優しさに甘えず、

きちんと気持ちを話し、

一緒にいる時はふれあい、

ゆきの「心」にもふれあえれば良かったね。

生きているのに。

せっかく戦争で生き残ったのに。

せっかく体を持っているのに。

がまんして、素直になれずに、

一見相手の事を思いやってるようで、

相手の気持ちを聞かずに自分の頭で処理したものに従う。

これ以上傷つくのがこわいから、痛いから、

自らシャッターを下ろし、そしてまた孤独に入る。

人生脚本。死ぬまで発動。こわ~( ;゚─゚)ゴクリ

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ドラマが進んでいくとですね。自らの会社のタンカーで

命がけでイランに石油を買い付けにいく話になり。

「タンカー。そういえばおじいちゃんが乗ってたんだよねぇ。」

!!これか真顔

もうここからは私の祖父母、父へとチェーン(家族間連鎖)と

繋がり涙がぽろぽろ止まらないぐすん

この数週間。父とのことが図に上がりっぱなしで。(意識に上がる)

これは取り組むチャンスではあるが「怖い」がでまくり。

どういうことかと、完結に説明しますと、

だいたい両親との関係性がパートナーとの関係性にでるのであります。

例えば男性ならお母さんと奥さん重ねてとか、

女性ならお父さんと重ねてとか。

パートナーと喧嘩してるようで、実は親に理解してもらえなかった気持ちや

満たされなかった想いをぶつけあってたりするのです。

「なぜおじいちゃん??」かと言いますと先祖代々

自分の親をモデリングして次の世代に引き継いでいるから。

世代間連鎖やチェーンとよばれます。

祖父は戦後タンカーや捕鯨船に”調理師”として乗っていました。

そのおかげで戦後に関わらず割と裕福な暮らしが出来ていたようです。

でも日本に帰るのは年に1~2回。

その度祖母は小さい父たちを連れて、横浜でもどこでも行っていたらしいです。

タンカーはその当時一番大きくて船上は自転車移動だったと

父がたまに話していたのを覚えています。自慢のおじいちゃんだったのでしょうね。

しかし父(祖父)不在で育った家庭。姑と祖母の関係性も最悪で、

父と叔父を二人で取り合い子どもにとっては安全を感じられる家庭ではなかった。

曾祖母は父をネコっ可愛がり、その分祖母の愛情は叔父(弟)へと。

父は祖父と祖母の愛情を得られずに育ちました。

調理師になったのも祖父の愛情が欲しかったからかもしれません。

また、祖母には完全なマザコン。いいなりでした。

大人になり家庭を持つと父は常に暴力で支配してきました。

気にくわないことがあると殴る蹴る怒鳴る。

星一徹のようにちゃぶ台返しで食卓もめちゃくちゃ。

でも外面はすんごく良くて、いいお父さんね~優しいね~と

言われるたび「違う!」と言いたくてもいえなかった。

一緒に暮らし始めたのは小学1年生からで、それまでは祖母が母代わりで

私と妹は育ちました。小中の間は両親と祖母の家を行ったり来たり。

ここら辺の話はどこかに書いてると思うので省きますが、

とにかく父のことが大!!嫌いでした。

暴力ふるった次の日は機嫌をとってくる。

その態度も気持ち悪かった。

祖母と母との間で私の取り合い。

どちらも選べない。

父と祖母と祖母の妹にいじめられて母が可哀想。いつも悲壮感が漂い

精神的に弱い人でした。

毎日のように父の悪口を聞き、当時は大!嫌いでしたから

お母さん可哀想。私はお母さんの味方!でした。

そんな中母は、我慢にがまんを重ねても限界がくると

実家へ私たち姉妹を連れて実家へ家出することもあり。

最近よく出てきてた記憶です

里帰りした地元の喫茶店で私たち姉妹はホットケーキを食べています。

幼少期なのでなぜ家を出たのかなんか理解しておらず、

それよりもホットケーキを外で食べられるのが嬉しくて。

(祖母は外食NGだったから)

そこへ父が迎えにくる。

その夜は隣の部屋で父が土下座して母の両親に謝る。

ふすまの隙間からそっと覗いていたのを覚えています。

でも生活が始まると元通り。の繰り返し。

こんな家早く出たくてしょうがなかった。

高校卒業と同時に家を出られた時は本当に嬉しかった。

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回想シーンが長くてお待たせしましたチュー

愛情不足で育った父。

殆ど父と口をきかず育った私。

結婚の挨拶を主人がしに行ったときに、彼にこう言ったそうです。

「父親がいない家庭で育ったから、父親というものが分からなかった。

どうやって育てたらよかったのか分からなかった・・。

しかし初めての娘で今でも一番可愛いい。よろしくお願いします」と。

映画館出た所でなぜかこれを思い出し、歩きながらポロポロと涙が溢れた。

続けて思い出す。

私の幼少期のアルバム。

吹き出しコメントやイラストなど、今でいうフォトブックのように

きれいに整理された写真。

私が産まれた時、わざわざ赤いオープンカーを購入し迎えにきたと。

家事が苦手な母の代わりに、小学の家庭科の宿題の裁縫を

手伝ってくれた。

美術が得意で、夏休みの課題をやってくれた。

高校受験の時の塾の迎えに来てくれて、モスバーガーを夜食に

買ってもらうのが楽しみだった。

高校生の時家を建て、両親とは一緒に住み始めたのだけれど、

ドアの開け閉めまで口出しがうるさくてうっとうしかった。

でも病気の時だ
けは優しくて、毎年扁桃腺で40度以上の高熱をだす私の

看病を夜中もしてくれた。

回復期に何でもリクエストで食べたいものを作ってくれる時、

この時のオムレツが大好きだった。

人は脚本を持っていると、マイナス、ネガの方ばかり

フォーカスしてしまいます。

でもね、ちゃんとねプラス、ポジもあるはずなんです。

見えてない気づいてないだけで。

チェーンによりマイナスのストローク(いつか説明します)ばかり

受け取ってしまった。

同時にプラスもちゃんと受け取っている。元々持っていると気づく。

人生変わる気がしませんか?

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本日の映画は祖父母からの贈り物でした。

実家に帰ると(おばあちゃん家)、リビングには祖父の遺影が

飾られています。

どこに移動しても目が追ってくるように感じてました。

まぁ、小さい頃から側にいてくれるのはずっと感じてたけど。

祖父は私が1歳の時に亡くなりました。

記憶にはないけれど、とても優しいおじいちゃんで可愛がってくれたそうです。

祖母は昨年他界しましたが、とっくに気配を感じない。はや!

先月実家へ帰省した時に、いつもバタバタでお墓参りに行けず、

今回は仏壇へ必ず行こうと一人で行った時です。

部屋に入ってすぐ二人の遺影が飾られてますが、

見た瞬間声に出して泣けてきて。

「ちゃんと見守ってくれてる」とホッとあったかいものを感じて。

祖父母は「戦争」という命を素で生きる特殊な時代で、

生き残って帰ってきても、航海にで、年に1,2度。

夫婦としては殆ど機能してなかったかもしれません。

その両親の元育った父。

彼もまた親というもののモデリングをできず父となり悩んだ。

その父と母を祖母をモデリングして育った私。

映画を見ながら「私」が癒されたら、祖父母もっと遡ってご先祖たちも

癒されるのもまんざら嘘ではないような気がしてました。

映画の後半、ゆきが生涯てつぞうを想い、家庭を持たず

近くに住んでいたと聞き泣くてつぞう。

例えゆきが出て行っても迎えに行けばよかったのに。

ゆきも好きならてつぞうの愛を信じればよかったのに。

生きているのに。

「もしタイムマシーンがあったら過去と未来どっちに行きたい?」

と質問されたら、私は未来へいきます。

未来の自分の死に際にいき、後悔していることを聞きたい。

人間死ぬときに後悔するのは

「やったことより、やらなかったこと」だそうです。

今、この世で「まゆ」としての人生は一度きり。

せっかく得た命。後悔する生き方はしたくない。

だからいつでも全力投球、一生懸命なのかもしれない。

素直になれず、後悔する人生をいくつも見てきたから。

脚本によって、覆すことのできなかった死に様が悲しすぎるから。

それでも「恐怖」はでるから素直に行動するのは勇気がいる。

それよりも何よりも後悔したくないからやっぱり行動するのだろう。

これからも。

石橋をたたき壊しながら進むんだろう。

もちろん「前」じゃなくて「後ろ」ねウインク

しかし昨日、今日、よく吐き出しました。偉かったぞワタシ(笑)

今後の展開が楽しみだニヤニヤ

ではまたねてへぺろうさぎサッ

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コメント

  1. takako より:

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    朝から、素敵なお話をシェアして頂き
    ありがとうございました。
    とても考えさせられました。

  2. まゆ より:

    SECRET: 0
    PASS:
    >takakoさん
    コメント嬉しい!何かしらの役に立てたようでよかった。
    私もいつもtakakoさんのブログ読んで「あぁ、そうだよね~」と考えさせられます。
    これからも楽しみにしてますね

  3. SECRET: 0
    PASS:
    …ですよね。
    そうでなければ、人生が終わる時に大きく後悔してしまいますからね。

  4. まゆ より:

    SECRET: 0
    PASS:
    >六角明雄@「売れる仕組みづくり」を伝えるコンサルタントさん
    ホントはね、壊さなくても上手に進めればいいのでしょうけれど、性格上そんなタイプのようで(笑)
    破壊と同時に創造も…。なんでしょうね~。
    私の世界は、私が創る。私が主人公のドラマだから。
    死ぬときやりきった!と、後悔しないように。